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東京高等裁判所 昭和38年(う)79号 判決 1963年5月14日

被告人 波多野裕穂

主文

本件控訴を棄却する。

理由

被告人の控訴の趣意について。

論旨は原審の事実誤認を主張するものである。しかし、原判決挙示の証拠を綜合すれば原判決認定の事実は優にこれを認めるに足り、記録を精査検討しても原判決に事実誤認の疑は存しない。所論は、本件の物品については、事前に被告人と月津巧との間に協議の上その入質又は売却につき同人の承諾を得ていたものであつて、これに反する右月津巧その他の証言は事実と相違する、と主張するけれども、右月津巧その他の関係人に対する各証人尋問調書を仔細に検討すればその供述は真実に合致し十分にこれを措信するに足るところであるから、これに反する所論は到底採用することはできない。論旨は理由がない。

弁護人三森武雄の控訴の趣意第一点について。

所論は、原裁判所が本件につき訴因及び罰条の変更を許したのは訴因の同一性を誤解した違法がある、というのである。よつて案ずるに、本件起訴状には、その公訴事実として「被告人は昭和二十七年十二月二十日頃岩手県胆沢郡佐倉河村字宇佐荒屋敷月津巧方において同人所有の新品自転車二台及び同ミシン機一台を窃取したものである。」罪名として、「窃盗罰条刑法第二百三十五条」と記載されていたところ、原裁判所は昭和三十七年十二月十一日検察官の請求によりその訴因及び罰条を「被告人は昭和二十七年十二月二十日頃月津巧より自転車二台及びミシン機一台の売却方の依頼を受け、右物件を同人のため預り保管中、その頃ほしいままに岩手県胆沢郡水沢町字横町二十三番地古物商千葉丈男方においてこれを同人に二万五千円で入質横領したものである。」、「罪名、横領、罰条刑法第二百五十二条第一項」と変更することを許可したことは所論のとおりである。しこうして、裁判所は検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならないことは刑事訴訟法第三百十二条第一項の定めるところであり、右訴因及び罰条の変更前の公訴事実と変更後のそれとを比較対照すれば両者の間にはその犯行の日時、被害物件の種類、数量及び被害者等いずれも異なるところがなく、ただこれを不法に領得する際の態様を異にするためその法律的評価が異なるに過ぎないものといわなければならない(窃盗罪についても不法領得の意思を必要とすることはいうまでもない。)したがつて、両者はその公訴事実の基礎たる事実に異同は存しないから、前記の訴因及び罰条の変更は公訴事実の同一性を害しないものといわなければならない。されば、原裁判所が本件につさ訴因及び罰条の変更を許したのは相当であつて、所論は採用し難い。

なお所論は、仮りに右訴因及び罰条の変更が許されるとしても、原判決には理由不備、事実誤認、法律の適用を誤つた違法がある、というのであるが、原判決に事実誤認の疑の存しないことは前記認定のとおりであつて、記録を精査検討しても、原判決には所論のごとき理由不備、その他法律の適用を誤つた違法は存しない。ひつきよう、論旨は理由がない。

同第二点について。

論旨は原判決には訴訟手続に法令の違反がある、というのである。しかし、自首減軽はこれをなすと否とは裁判所の自由裁量に委かせられたところであり、本件につき原審が自首減軽をなすことを相当ならずと認めた以上記録上自首の事実が窺われるとしても、所論のごとく、この点につき明白にすべき要は存しないものといわなければならない。されば、原判決には所論のごとき訴訟手続に法令の違反は存しないから、論旨は理由がない。

同第三点について。

論旨は、原審の量刑不当を主張するものである。よつて、所論にかんがみ記録を精査し、本件犯行の動機、態様、罪質、被害の程度、犯罪後の情状、その他被告人の前歴、境遇等記録に現われた一切の事情を考慮するならば弁護人主張の事実並びに当審における被告人質問の結果をしんしやくしても、原審の量刑は相当であつて、必ずしも重きに過ぎるものということはできない。論旨は理由がない。

そこで、刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件控訴を棄却すべきものとし、なお、当審における訴訟費用については、同法第百八十一条第一項但書に則り全部これを被告人に負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤嶋利郎 山本長次 小俣義夫)

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